文爺さんの日常・BMW R1200Rと共に

御隠居の日常と、愛車BMW R1200Rとの時間。

R1200Rちばらきツーリング:香取神宮、息栖神社、鹿島神宮(東国三社巡り)

先日香取市の自販機コーナー「24丸昇」を訪れた時に、香取神宮に行きそびれましたので、この日改めて神栖市の息栖(いきす)神社、鹿嶋市の鹿島神宮あわせて、東国三社巡りをすることにしました。
前回の記事は文章だけで写真がなかったのですが、今回は一転写真が多いです。

「東国三社(とうごくさんじゃ)」とは、この三社をまとめた呼び名で、江戸時代には「お伊勢参りのみそぎ参り」と呼ばれ、伊勢神宮参拝後にこの三社に詣でることが相当な人気だったそうです。
古代、この辺りには「香取海(かとりのうみ)」という内海が広がっていて、この三社はその抑えの位置に鎮座したということです。三社の位置を結ぶと直角二等辺三角形となって、そのトライアングルエリア内はパワースポットなんだとか。

 

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私は昨年秋のツーリングで、伊勢神宮にもお詣りしていますので丁度良かったです。

 

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千葉、茨城に跨るツーリングですので、「ちばらき」ツーリングです。
「ちばらき」というのは、千葉茨城をあわせて東京からは下に見る言葉だと思っていましたが、NHKの「ブラタモリ」がこの周辺を特集した時に、「”ちばらき”はニッポンの要?」と、肯定的な使い方がされていて印象に残っていました。
元々東京を訪れる地方出身者を揶揄する目的で使われていたのは事実で、埼玉栃木もあわせて、「ださいたまちばらぎ」とも呼ばれていましたので、私の印象は間違いではないと思いますが、今回は肯定的な意味合いです。

前回のツーリング時は春を思わせる陽気でしたが、この日は最高気温も10度止まりで、少し寒かったです。

 

まずは香取市の香取神宮を目指します。
ここのところ利根水郷ラインづいていて、またまた利根川沿いを走ります。柏、印西方面から佐原まで進み、「道の駅 水の郷さわら」を越えるとすぐです。

 

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7年前娘の高校受験の時に合格祈願で来て以来、数回お詣りしていますが、香取神宮は下総の国一宮であり、我が家も下総の国ですので、本来はもっと頻繁にお参りしてもいいんだと思います。
最初の時は修復中だった拝殿、本殿は改修も終わり、写真のように黒漆塗りの重厚な姿です。

 

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そしてここには、地震押さえの「要石(かなめいし)」というものがあります。地震を起こす大鯰をこの要石で抑え込んでいるもので、この後お詣りした鹿島神宮の要石が頭、この要石が尾を押さえ込んでいるのだそうです。

要石からも近い所に「奥宮(おくのみや)」があります。本殿と比べると訪れる人も少なく、ひっそりしていますが、その分厳かな雰囲気があります。

 

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すでに梅の花も咲き始めていて春の気配です。
参道に立ち並ぶ灯籠には鹿の文様が彫られています。


次は神栖市の息栖神社です。
東国三社と並び称されてはいますが、香取神宮、鹿島神宮に比べて知名度で劣るのは正直なところ実感です。

しかし地図で見るとわかるとおり、直角二等辺三角形の頂点に位置しており、古代の香取海の入り口部分を押さえていたと思われます。

 

 

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一枚目の鳥居は実は二の鳥居で、一の鳥居は二枚目の「忍潮井(おしおい)」という井戸のところにある三枚目の写真です。これは常陸利根川沿いにあり、この神社が水運の神様であることが良くわかります。

息栖神社の御祭神は「岐神(クナドノカミ)」で、国譲りの際に「大国主命(オオクニヌシノミコト)」が自分の替わりに岐神に、「建御雷神(タケミカヅチノカミ)=鹿島神宮の御祭神と経津主神(フツヌシノカミ)=香取神宮の御祭神、のニ神の道案内をせよ」と指示します。主祭神(しゅさいじん)の岐神が「水先案内人」、配神(はいしん)の「天鳥船命(アメノトリフネノミコト)」が「高速船」、「住吉三神(スミヨシサンシン)」が「海上守護」とすれば、まさにそのとおり水運の神様ですね。

 

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香取神宮、鹿島神宮と比べると規模は小さいですが、落ち着いたいい雰囲気の神社です。たまたま団体客への案内に出ておられた宮司さん(?)はとても明るくユーモアのある方で、説明の間中明るい笑い声が起きていました。
ここの灯篭にも鹿の文様があります。


最後に鹿島神宮です。
鹿島神宮の所在地は当然鹿嶋市ですが、何故違う漢字なのかというと、1990年代までの鹿島郡鹿島町が大野村と合併する際、既に佐賀県に鹿島市というのが存在していて、自治省(現総務省)の方針で、同一名称の使用は難しかったのだそうです。
しかしそもそも佐賀県の鹿島市も、茨城の鹿島神宮をここに遷したことから名づけられたようで、鹿島市を名乗れず鹿嶋市となったことは、本家としては割り切れない思いだったと思います。

 

 

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流石に常陸の国一宮だけあって規模も大きく、参拝者も多いです。拝殿、本殿はここも香取神宮と同じく黒漆塗に極彩色の模様が施され、雰囲気は似ています。

 

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本殿から先、奥参道を進むと、奥宮、要石、「御手洗(みたらし)」があります。
要石は、香取神宮にもあったものと対で、こちらは大鯰の頭を押さえ込んでいることが、御祭神である建御雷神(タケミカヅチノカミ)のレリーフで表現されています。
また御手洗は、元々はここで身を清めてから参詣というのが順序だったそうで、写真ではわかりにくいですが、とても清らかな雰囲気の場所でした。

 

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規模も大きいので、杉の大木に囲まれているとそれだけで厳粛な雰囲気になってきます。当然のようにここの灯篭にも鹿の文様が、、。

 

東国三社を巡ってみて、知名度・規模は鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の順、しかし商業化(俗化というと言いすぎですが)の度合いもまたこの順だと感じました。
正直私は息栖神社の雰囲気が一番好きでしたね。

走行距離は200km程度と大したことなかったのですが、10時半位の遅い出発でしたので、鹿島神宮を出発したのが15時過ぎ、帰りは利根川の対岸、茨城県側を走って、17時前の帰宅時にはもう真っ暗でした。

 

 

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