新東名高速道路の浜松SAで目覚めたのは5時前、前日21時には眠り始めましたから、途中トイレに行ったりエアコンのバッテリーを接続し直したりしましたが、それでも睡眠時間は確保出来ていましたので、そのまま起き出して出発することにしました。
大都会名古屋はできれば出勤ラッシュが始まる前に抜けてしまいたかったですから、早く目覚めたのは好都合です。
豊田東JCTで新東名高速道路から伊勢湾岸自動車道に入り、四日市JCTからは東名阪自動車道、名阪国道(国道25号線)を経由して針テラスまで走ったのですが、一般国道であるはずの名阪国道も大型トラックがかなりの巡航速度で走り続けていて、高速道路かと思う程です。
この日の目的地は明日香です。「明日香」とも「飛鳥」とも書きますが、「明日香」は現在の行政地名「明日香村」で、観光地や遺跡の所在地として使われ、「飛鳥」は歴史用語として時代や文化、政治の中心地としての意味合いで使うのだそうですが、どちらにしても素敵な名前です。
前の桜旅の際には高松塚古墳やキトラ古墳を訪問し、大和三山とされる香具山(かぐやま)、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)の一つ香具山にも登ってみましたので、今回は飛鳥寺の飛鳥大仏とその近くにある石舞台古墳に行く積りでした。
針テラスから国道369号線を経由して1時間弱で最初の目的地である飛鳥寺ですが、その近くに奈良文化財研究所飛鳥資料館というのがあったので立ち寄ってみました。70歳以上無料は嬉しかったのですが、それなりかなと舐めていたら想像以上に充実した展示でした。







資料館からすぐのところの飛鳥寺には、日本最古といわれながら、国宝になれない仏像があり、それが飛鳥大仏です。国宝になれないのは、後世の補修箇所が多くて造られた7世紀当時の部分がほとんど残っていないからとされているのですが、最新の研究ではオリジナル部分が従来考えられていたよりも多く残っているとの結果も出ており、飛鳥大仏が国宝指定される可能性も高まっているのだそうです。
実は飛鳥大仏は国宝だった時期もあって、昭和15年に一度国宝指定されたのですが、25年に文化財保護法が施行されて、それまでの国宝を重文に変更し、その上で改めて国宝が選び直された際に選から漏れ、今に至っているのだとか。
飛鳥大仏は609年に完成したとされ、鋳造年が絞れる仏像としては日本で最古級、面長の顔やアーモンドのような形をした目は大陸の影響が色濃く、飛鳥仏像の代表格です。



飛鳥寺からはクルマで10分もかからないところに石舞台古墳があります。
元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたのですが、その土が失われて巨大な石を用いた横穴式石室が露出しています。埋葬者としては蘇我馬子が有力視されているのだそうで、当時の技術でこの巨石をどう積んだのかを解説する図面もありましたが、大変な労力をかけた古墳であることは間違いなく、最高権力者クラスでないとできない事業だと思いました。




今回の明日香見物はここまでとして、奈良市内の友人宅に向かいます。この日は友人宅で泊めてもらい、翌日以降の行程の最初の数日はこの友人も同行してのホテル泊となりますから、車中泊旅とは呼べなくなります。次回からはタイトルも少し考えます。