奈良での二日目は午前中の観光だけです。
クラブツーリズムの新しい試みで、あれもこれも詰め込まず何かテーマを絞ってゆっくり回るというツアーなのだそうで、出発もゆっくりですし帰着も早めに設定されています。
その割には二日目の出発は早く、8時チェックアウトで奈良市郊外の忍辱山(にんにくせん)圓成寺(えんじょうじ)に向かいました。ここは運慶の青年期作とされる国宝・大日如来像が有名で、かつては境内の多宝塔にまつられていたそうですが、現在は保存環境を整えた相應殿という新しい建物に移され、多宝塔には模造像が安置されています。通常如来像といえば中性的な優しいお姿を連想しますが、この大日如来は凛々しさを感じる、一種男性的な如来様でとても新鮮でした。
本堂にある阿弥陀如来坐像(重要文化財)、周囲を守護する四天王立像も立派で、ご住職の丁寧でウィットに富んだ解説も楽しかったです。





次は市街地に戻って新薬師寺です。新薬師寺は光明皇后が聖武天皇の病気平癒を願って創建された寺院で、本堂は土間に太い円柱が立つ簡素な構造が特徴です。ここは薬師如来坐像と十二神将立像が有名で、特に土で造られた塑像の十二神将は迫力満点でした。妻は以前からこの十二神将を観たかったらしく、これだけでも今回のツアーは満足だと言っていました。
こちらのご住職の解説も上手で、とてもわかりやすかったのですが、中でも十二神将にはそれぞれ干支が当てられているが、配置は十二支の順ではない事、そしてその理由は、中国で十二神将と十二支が結びつくのは唐代以降とされ、日本で一般化するのは平安期以降であり、奈良時代の新薬師寺像には干支順の概念がまだ浸透していなかった事、頭上に干支動物を載せる像が増えるのも平安期以降で新薬師寺の十二神将にその意匠はない、などという説明がとても興味深かったです。
広大な敷地・伽藍を擁する薬師寺と比べると規模は小さく、本堂も奈良時代創建の質素なものです。しかし創建時の新薬師寺は南都十大寺に数えられる程の大寺院で、金堂や東西の塔を備えた広大な敷地を持っていたのですが、落雷や台風で主要な建物が次々と失われてしまい、唯一残った建物を今の本堂として存続しているのだそうです。




次の不空院は、新薬師寺のすぐ隣にある真言律宗の寺院で、春日大社と深い縁をもつ場所です。本尊の不空羂索観音坐像(ふくうけんさくかんのんざぞう:重要文化財)は藤原氏が厚く信仰したのだそうですが、あまり聞き馴染みのない菩薩様です。六観音の一つで、「不空」とは「むなしからず=確実に」という意味、「羂索」は鳥獣等を捕らえる縄のことで、不空羂索観音とは「心念不空の索」=必ず獲物(ここでは人々)を捕らえる優れた縄、をもってあらゆる衆生をもれなく救済する観音様を意味するそうです。
境内には弘法大師ゆかりの史跡や、縁切り・縁結びの祠があります。




これで二日間の奈良観光は終わり。また伊丹空港まで戻って羽田に向かいますが、天気が下り坂でかなり揺れたのは飛行機嫌いの私には苦痛でした。
早めに帰宅出来ましたし、翌日は3月3日のひな祭りでしたから、数年振りに妻がお雛様を飾りました。我が家では先月娘が結婚して名実ともに家を出た訳ですが、お雛様は我が家に残っています。雛人形は「女の子一人に一つ」という考え方があり、厄を引き受けてくれる守り人形という意味もありますから、従来は嫁入りに持参するのが普通だったようです。しかし現在ではこの形が一番多いのだそうで、いつまでお雛様を飾るべきとか言う決まりも無いのだそうです。
妻も久しぶりだったためか、この写真ではお雛様に勺や扇子を持たせるのを忘れてしまっています。
