先日の奈良ツアーで久しぶりに東大寺の大仏を拝観したことで、以前読んだ帚木蓬生の「国銅」を思い出しました。大仏様の姿と、物語に描かれていた大仏建立に携わった人々の姿が重なってきたからです。タイトルは公式には「こくどう」と読むようですが、「くにがね」と読む例もネット上では見かけます。
「国銅」は、奈良の大仏造りに動員された名もなき労働者たちを描いた長編で、主人公の国人が銅山で働き、仲間とともに都へ銅を運び、鋳造の現場に立ち会うまでの流れが淡々と綴られています。派手な展開はありませんが、働くことの重さや、時代に振り回されながらも生きようとする人々の姿が伝わってきます。
帚木蓬生は医師として長く人間の生と死に向き合ってきた作家で、歴史の大きな出来事よりも、その陰で働く普通の人々の姿に目を向ける姿勢が一貫しています。「国銅」にもその視点が表れており、国人たちは特別な英雄ではなく、与えられた仕事を黙々とこなす存在として描かれています。彼らの働きは歴史書に残ることはありませんが、その積み重ねがなければ大仏は形にならず、奈良の歴史も今とは違うものになっていたはずです。帚木蓬生の文章は落ち着いていて、事実を積み重ねるように人々の姿を描き出しています。
大仏殿を訪れた時は、単純に「やはり大きいな」と思っただけでしたが、「国銅」を思い返すと、あの穏やかな表情の裏にどれほど多くの人の労苦が積み重なっているのかが、以前よりもはっきりと感じられました。山奥で掘り出され、精錬され、命がけで運ばれた銅が、あの巨大な像の一部になっているのだと思うと、見え方が少し変わります。物語の国人たちが寒さや飢えに耐えながら銅を運ぶ場面がふと頭に浮かび、観光として見た大仏が急に重みを帯びて迫ってきました。
二月堂で見た修二会の松明の火の粉が夜空に舞い上がる光景も、物語の世界とどこか繋がっていました。暗闇の中を走る松明の音と光は、千年以上続く行の重みを感じさせます。「国銅」に描かれる労働の日々と、修二会という宗教行事はまったく別のものですが、どちらにも名もなき人々の営みが積み重なって今があるという共通した感触があります。大仏造りに関わった人々も、修二会を支えてきた人々も、歴史の表舞台に立つことはありませんが、その働きが奈良の時間を形づくってきたのだと思いました。
その翌日に訪れた新薬師寺も、この物語と関わりがあります。新薬師寺は、東大寺大仏の建立に尽力した聖武天皇の病の平癒を、光明皇后が祈願して創建した寺と伝えられています。大仏づくりの背景には、国家事業としての側面だけでなく、聖武天皇の切実な祈りがあったことを思うと、「国銅」で描かれる名もなき労働者たちの姿と、宮廷の祈りがどこか通じるものがあるように感じられました。十二神将の力強い姿を前にすると、当時の人々が病や災いに対してどれほど深い恐れを抱き、真剣に祈りを捧げていたのかが伝わってきます。
旅から戻って「国銅」を思い出したことで、奈良で見たものがそれぞれ別の意味を持ってきました。物語を読んだ時には想像するしかなかった奈良の空気が、旅を通して少しだけ実感を伴うものになった気がします。
そして今読み始めている永井路子の長編小説「氷輪」も、同じ時代の奈良を舞台としており、しかも東大寺が中心となる場面が多い作品なので、こちらも興味深く読んでいます。読了後には、またブログにまとめたいと思っています。

