シニアライダーの日常・R1200Rと共に

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大腸内視鏡検査、この日は愛宕神社から新橋方面へ歩いてみました。

伊豆下田への旅行を控えた前日は、今年の大腸内視鏡検査の日でした。
昨年の検査で「悪性の可能性あり」と言われ、本院のがんセンターに回されるという、あの何とも言えない不安を味わっただけに、2年に一度で良いと言われていたのですが、今年も念のため受けておくことにしたのです。今年の大腸検査は私一人です。

 

大腸検査といえば、やはり下剤と大量の水分摂取がセットです。あれが大変なのは毎度のことですが、以前から気になっていた「なぜ普通の水分は尿になるのに、検査前の液体は便として出るのか」という素朴な疑問をAI君に聞いてみたところ、なかなか分かりやすい答えでした。

-大腸カメラ前に飲む「たくさんの水のような液体」が尿にならず腸へ向かう理由は、ふだんの水分吸収の仕組みと比べると理解しやすいとされています。ふだんの水やお茶は小腸でほとんど吸収され、血液を通って腎臓へ運ばれ、最終的に尿になります。小腸では一日に大量の水分が吸収され、大腸へ届くのはその一部ですが、大腸では残った水分がさらに吸収され、便が形づくられる流れです。一方、検査前に飲む液体は、腸の中の液体とほぼ同じ濃さに調整されているため、小腸で吸収されにくい性質があります。体内に取り込まれず腸の中にとどまるので、そのまま大腸へ流れていきます。この液体には腸内に水分を引き込む作用があり、内容物が薄まり、大量の水様便として排出される仕組みになります。ふだん飲む水分とはまったく異なる働きをするため、同じ飲む液体でも体内での扱われ方に大きな差が生まれるというわけです。ー 

 

検査を終えての医師所見は、特に問題視すべき個所無しで、ホッと一安心でした。
検査後、提供されたサンドウィッチで空腹を凌ぎ、この日は新橋方面へ向かって歩くことにしました。普段は東京タワーから浜松町方面へ下ることが多いのですが、たまには違う方向へ行くのも良いのではないかと思ったのです。地図を見ると途中に愛宕神社があり、ここは以前から名前だけは知っていたものの訪れたことはなかったので、この機会に立ち寄ってみます。

 


神社の入口に着くと、まず有名な「出世の石段」が目に入りました。
出世の階段の故事とは、

三代将軍家光が増上寺参詣の帰りに愛宕神社の下を通り、満開だった源平の梅を目にして「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命じたのだそうです。しかしこの愛宕山の石段はとても急勾配で歩いてのぼり降りをするのすら、ちょっと勇気が必要なのに、馬でこの石段をのぼって梅を取ってくることなど、とてもできそうにありません。下手すれば、良くても重傷、悪ければ落命、家臣たちは皆一様に下を向いており、家光のご機嫌がみるみる悪くなってもう少しで怒り爆発!というその時、この石段を登り始めたのが四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)です。平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光に梅を献上しました。平九郎は家光より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられています。

石段は写真で見た印象よりも急で、段数以上の高さを感じました。登り始めてしばらくしてから、検査後は激しい運動を控えるようにと言われていたことを思い出しましたが、引き返すのも癪でしたから、そのまま進むことにしました。しかし途中で完全に息が上がり、何度か立ち止まりながらようやく上までたどり着きました。
階段を上がった先に境内があり、高度があって周囲の建物からも少し離れているため都心部とは思えない程静かでしたし、そう多くも無い参拝客は皆さん静かに境内を散策していましたので、落ち着いた雰囲気の、いい神社でした。
石段脇の案内板には真垣平九郎の説明があり、四国丸亀藩の藩士であったことをここで初めて知りました。(忘れているだけ、という可能性も十分ありますが、、、)郷土の人物であることをこの時まで知らなかったのはお恥ずかしい限りです。

 

 

神社をあとにして新橋方面へ歩き、途中で目に付いたタミヤショップに立ち寄りました。店内には多くの模型と共に初期のホンダF1マシンなどの実機も展示されており、特に購入する予定はありませんでしたが、今部屋に積んだままで放置状態のプラモデルを何とかしなくちゃなと考えながら興味深く眺めてきました。
その後新橋駅までの途中にある「おにやんま新橋店」で「とりちくわ醬油うどん」を遅い昼食として、新橋駅から横須賀線に乗って帰宅。検査の日ではありましたが、途中でいくつか寄り道をしたことで、割と観光モードになれた一日でした。

 

 

 

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