父の墓参りを兼ねた家族旅行(どちらかと言えばこちらがメインかも知れません。)の二日目は、福山駅前のカンデオホテルズ福山から尾道へ向けて出発します。
前日借り出していたタイムズのヤリスクロスは前日の夕方帰着時に一旦返却していて、この日の朝、再度同じ車両を借り出しました。これまではあまり深く考えずに二日間のレンタルをしていたのですが、考えてみれば夜ホテルの駐車場に留めている間までレンタル料を払い続ける必要はなく、今回のように二日目も初日と同じところから出発するのなら、都度借り出す方が断然お得ですね。
9時過ぎに国道2号線を尾道に向かって走り出し、尾道の代表的な観光スポット「千光寺山」のロープウェイ乗り場に着いたのが10時前でした。
運良くすぐ近くの駐車場から出場して来るクルマを見つけてその後に滑り込み。周囲では駐車場探しのクルマがウロウロしている中、ラッキーでした。
ロープウェイは内外の観光客で行列となっていましたが、そんなに待たされることもなく、山頂からの眺めを堪能できました。




千光寺山山頂の展望台から中腹の千光寺へ下る途中にある散策路は「文学のこみち」と名付けられていて、尾道ゆかりの作家や詩人の言葉を刻んだ石碑が並び、ところどころで海が見えます。道は緩やかで歩きやすく、碑を読みながら進むと自然に千光寺の境内へ向かう形になります。
境内は多くの人で賑わっていましたので早々に退散し、「猫の細道」を通って山麓の艮神社(うしとらじんじゃ)に立ち寄りました。残念ながら猫の細道で本物の猫には出会えませんでしたが、猫のオブジェや絵が溢れた楽しい小道でした。
艮神社は千光寺山ロープウェイ山麓駅の真下にある尾道最古の神社で、境内の大楠がとても立派で存在感がありました。艮(うしとら)は北東を示す言葉で、丑と寅の間に位置するためこの名が付き、陰陽道では鬼門に当たります。尾道の艮神社は北東側の鬼門を守る位置に置かれたとされ、地形と方位がそのまま社名に残った例なのだそうです。




せっかくの尾道ですから昼ご飯は尾道ラーメンと思ったのですが、日曜日の昼間なので有名店は軒並み大行列でした。そこで、旨いけれどそう混んでいない店という条件でAI君に教えてもらったのが、尾道駅の駅ビル内に店を構える「たに」で、背脂はかなり入っているのですが、硬めの麺とさっぱりスープがとても美味しかったです。


まだ時間はありましたので対岸の向島・因島にも渡ってみることにして、どうせならフェリーでと考えたのですが、AIが指示した駅前の渡船にはクルマは乗れず、しばらく右往左往してしまいました。フェリー航路は少し離れたところにあったのですがかなりの行列でしたから断念し、素直に尾道大橋を渡ることにしました。
向島に渡って因島・しまなみ海道方面へはかなり渋滞気味でしたから、それとは逆の東方向、「歌」という洒落た地名の方に進んで、向島の東端の海岸に着きました。
ここにもフェリー乗り場の案内板がありましたので行ってみると、クルマも人もいない、その上発着所すら無人のフェリー乗り場でした。もう廃止になった航路なのかなと思っていると、すぐ向こうに見える対岸の乗り場から小さなフェリーボートが1台車を乗せてやって来ました。1台だけのクルマを降ろした後も何の案内も無く船は停まっていますので、乗組員のおじさんにこっちから聞きに行ったところ、乗るならすぐ船を出すよ、とまるで渡し船の感覚です。こんな経験は初めてですので喜んで乗船し、普通車1台と大人4人で590円也!!を船上で手渡しして、貸し切りフェリーの出航です。クルマを降りて甲板上を歩き回ることも出来ますし、写真も撮り放題と満足度の高いレアな経験でした。
着いた先は、戸崎という本土の港で、鞆の浦のある半島の西側に当たるところ。この先は福山に戻りましたので、結果的に混雑も回避出来る、かなりのショートカットコースとなりました。





福山に着いて、帰りの新幹線までまだ少し時間がありましたので、駅前にある福山城の見学をして来ました。
失礼な言い方となりますが、思っていたよりずっと立派な城郭で、広い敷地に再現度の高い天守や櫓・城壁が再建されていました。備後福山藩は幕末期に老中を多く輩出し、中でも開国を推進した阿部正弘は有名です。お城が立派なのも理解できますね。
福山藩は廃藩置県でまず福山県となり、その後深津県(ふかつけん)に統合されて消滅、深津県が小田県(おだけん)に改称、小田県が岡山県に編入され、その後福山地域が広島県へ移管されてようやく現在の形となったのだそうです。





その後、三連休の終わりで満席の新幹線で19時に品川到着、終点の東京まで乗る娘と別れて、春の墓参旅(にかこつけた家族旅行)が無事終了しました。