シニアライダーの日常・R1200Rと共に

シニアライダーの日常と記憶、愛車R1200Rと行くツーリングの記録と四方山話。

娘のFTR印旛沼公園(師戸(もろと)城址)ソロツーリング

 

台風が去って上天気となった3連休の最終日、娘は久しぶりにFTRでツーリングに出掛けました。もう、一人で出掛けるのも躊躇わなくなってきましたが、私は残念ながら翌日の仕事の準備が何一つできておらず、この3連休部屋で缶詰め状態でしたのでどちらにしても同行は出来ませんでした。これまで十分時間はあったのにズルズルと先延ばしにしてきた報いですので、自業自得ではあります。

 

娘から、家を出てから1時間半くらいして、今印旛沼公園という所にいるとLineがありました。このタイミングで連絡があると、事故ではないかとちょっとドキッとしますが、これは今後も変らないんでしょうね。自分が高校生の頃、バイクで好き勝手に走り回っていた時、同居していた祖母も同じような心配をしていたんだろうなと、今更ながら気付きました。全くもって遅いですが、天国のお祖母ちゃんごめんなさいです。

 

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上の写真を送ってきましたが、私はここへは行ったことがありませんので、あとで地図で調べてみると、西印旛沼であるのは間違いなく、何度か行った佐倉ふるさと広場のちょうど対岸、北側にある公園でした。
私はこのあたりなら幹線道路を避けて裏道ばかりを縫って行きますし、娘も何回かは一緒に走っているのですが、この日はナビ頼りで走ったところ、国道16号線や国道464号線というこの辺りの大動脈である幹線道路を指示され、スピードに慣れない娘はかなりテンパったみたいです。

 

元々は対岸の佐倉市臼井に城跡が残る臼井城の支城として、師戸氏という氏族が戦国時代に築いた師戸城の跡地を公園として整備したものです。臼井城とは渡しで結ばれて緊密に連携できるようになっており、その臼井城は、上杉と北条の関東での覇権争いの際には北条方として戦い、師戸城との連携もあってか長期間上杉謙信の猛攻に耐え、遂には敗退させたという実績もあるのだそうです。

 

中世の城跡は、特に千葉県などのように東京への通勤圏であれば、宅地開発によって掘り返され、忘れ去られるところが多いのですが、ここは千葉県立公園として城址が殆どそっくり維持保存されたことで、空堀や土塁の保存状態もとても良く、その点で貴重な存在なのだそうです。とはいっても中世の、砦と言ったほうがしっくりくるくらいの戦に特化した城であり、それも支城ですから、櫓等も質素なものだったと想像されます。そしてそれらの構築物も全く残ってはいませんから、いかにも城というイメージを期待するとがっかりしそうです。この近くには本佐倉城跡というのもあるのですが、ここも空堀や土塁でわずかに往時を偲ぶことができる、殆ど忘れられた城の跡です。
この近くでは佐倉城が一番規模も大きく立派ですが、これは戦国時代ではなく江戸時代になって築城された城で、明治以降廃城令により建物の殆どは撤去されましたが、その後陸軍の佐倉連隊本部として使われたことから、ここも建物以外の保存状態は良いのだそうです。今は佐倉城址公園となり、国立歴史民俗博物館もありますから私も何度か行ったことがあります。

 

仕事は結局たっぷり夜までかかりましたから、帰ってきた娘から話を聞いたり、写真を頼りに上のようなことを調べてこの近辺の中世の城について知ることができて、ちょっと満足しました。
次は平日の晴れた日を狙って、どこかの城跡巡りに実際に出掛けたいですね。そんな時は重たいRではなくFTRの方が便利そうですので、娘に借りて行くことにしましょう。

 

 

 

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