シニアライダーの日常・R1200Rと共に

シニアライダーの日常と記憶、愛車R1200Rと行くツーリングの記録と四方山話。

世田谷をブラブラ<後編>

 

世田谷散歩の後編は、世田谷線で松原駅から宮の坂駅まで行き、豪徳寺を訪問するところからです。

 

私が暮らしていた頃の世田谷線は東急カラーの少しくすんだ感じの緑色だったのですが、今はカラフルで現代的な車両になっています。
宮の坂駅に展示されていた下の写真の車両が当時の色なのですが、当時でも既にこの東急グリーンの車両は、ここ世田谷線や池上線、目蒲線というローカル路線にしか残っていませんでした。そしてその後この車両は更に江ノ電に譲渡されて活躍していたのだそうです。そういえば今も江ノ電ではこの車体色が走っていますね。

 

 

宮の坂駅からは歩いて数分で豪徳寺の門前に出るはずなのですが、私たちは道を間違えてぐるりとお寺の周囲を一回りすることになってしまいました。世田谷のど真ん中にも関わらず広い敷地を有する立派なお寺です。

 

 

実際に見ると思ったより沢山の招き猫が並んでいて驚きます。
そして私はここで自分の勘違いに気付きました。私はここの招き猫は各地で飾られていた招き猫が何らかの事情で役目を終えて、お雛様と同様にここに奉納されて来ているのだと思っていたのです。ところがここの招き猫はサイズこそ様々ですが、顔・体形・仕草はすべて同じで、このお寺で販売されているもののようです。要は他のお寺の絵馬がこのお寺では招き猫、ということなんですね。
ですから招き猫には色々な願い事らしきものがびっしり書き込まれていますが、その殆どは外国語で、この日訪れていた人も恐らく7~8割は外国人でした。

 


招き猫は小さいのから大きいのまで5~6種類のサイズがあり、500円~7,000円で販売されていました。私は一番小さいサイズのものが可愛くて好きでしたが、体長1~2cmしかないですから、願い事を多く書き込むことはできないですね。ちなみにこの日招き猫は既に完売でした。

 

豪徳寺の招き猫は「招福猫児」と書くのだそうですが、小判を持っておらず、右手をあげています。人を招いて「縁」をもたらしてくれますが、福そのものを与えてくれる訳ではなく、人との大切な「縁」を生かせるかどうかはその人次第、という教えからなのだそうです。

 

 

境内には三重塔があり、一階の周囲を囲うように十二支が飾られているのですが、よく見ると、「子(ねずみ)」のところには、招き猫の姿もあります。猫はねずみにだまされて十二支に選ばれなかったのを恨みに思い、それ以降仲が悪くなったのだと言われますが、豪徳寺では仲良く一緒に過ごしているのです。

 

道を間違えたせいで通常のルートとは逆に、帰りに表参道を通ることになってしまいましたが、立派な松並木の堂々とした参道です。
このあとは世田谷線を挟んで西側にある世田谷八幡宮にもお参りして行くことにしました。

 

世田谷八幡宮は世田谷の鎮守の神様として信仰されており、宮の坂という駅名もこの神社脇の坂に由来するのだそうです。江戸時代には奉納相撲が盛んに行われ、境内には土俵や力石があります。渋谷氷川神社、大井鹿嶋神社とともに江戸郊外三大相撲の一つとされ、今でも毎年秋の例祭には東京農大相撲部による奉納相撲が行われているのだとか。
本殿の隣には世田谷招魂神社という日露戦争、太平洋戦争の戦没者を御祀りする神社がありましたが、ここの狛犬には子供がじゃれついている様子が彫られていて、こんな狛犬は初めて見ました。

 

 

ここからはまた世田谷線で三軒茶屋に向かったのですが、宮の坂駅では反対ホームに猫電車が来ていて、ちょうど良いタイミングでした。東京西部の山の手散歩を終えて、三軒茶屋からは田園都市線直通の半蔵門線を使って一気に東京東部の下町錦糸町まで戻り、夕方早い時間にゆっくり帰宅できました。

 

 

帰宅途中、錦糸町駅構内で京都名物の鯖寿司が売られていましたので晩御飯用に購入しました。京都の老舗の寿司らしく、鯖も肉厚で美味しかったのですが、これ一本でこの日の二人分の昼ご飯代に相当します。かなり高いなあとは思いつつ、妻の実家にも買って行ったところ大層喜ばれました。関西出身だけあって妻も義父母も鯖寿司は大好物で、その分味にもうるさいのです。ただ厳密にいえば、好きで良く食べていたのは大阪のバッテラで、同じような鯖の押し寿司でも、鯖寿司とは作り方等若干違うのだそうです。

 

 

 

 

 

 

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