シニアライダーの日常・R1200Rと共に

シニアライダーの日常と記憶、愛車R1200Rと行くツーリングの記録と四方山話。

桜旅6日目:宮崎県都農から福岡県大木まで

 

「道の駅つの」で目覚めてみると、隣には都農神社という大きな神社があり、日向国一の宮だとのことです。これは行って見ねばと出発前にお参りして来ることにしました。千葉でも安房・上総・下総の一の宮には行っていますし、全国の一の宮巡りというのも面白いかも知れません。一体全国にはいくつあるのかと調べてみると、日本の旧国の数が68国なのに対し、一の宮は90社以上あるのだそうです。これは一国に2~5社の一の宮を置く国が複数あるためで、そういえば千葉の安房国にも安房神社と洲崎神社という2つの一の宮があります。
まだ6時過ぎと早い時間でしたので、私以外はハーレーで訪れた男性が一人居るだけで、境内は静まり返っていました。境内の一画には御神象という象の形の木が安置されていて、そこに浮き出たハートマークをなでると夫婦円満、恋愛成就のご利益があるんだそうですが、ハートマークを恋愛のシンボルと認識したのは何時頃からなんでしょう?最近になって商売っ気を出した感じがちょっと興ざめ、といいながらしっかり撫でてきました。

 

 

この日はここから北西方面に進んで、熊本県宇城市の岡岳公園と菊池市の菊池公園に行く予定でした。
延々と山中の道を走り、美郷町というところまで来た時に、「百済の里」という看板を見つけて、寄り道することにしました。私は昔韓国駐在していたこともあって、韓国系の事象には興味を持つ傾向があります。とはいっても韓流ドラマ・映画、K-POPには全く関心がないのですが、、。
行ってみると、ここには1300年程前の奈良時代に百済が滅んだ後、王族たちが日本に亡命して宮崎に流れ着き、王の禎嘉王は美郷町南郷神門に、長男・福智王は木城町比木に移り住んだという伝説があって、地元の人々はこの王族のことを「百済王伝説」として語り継いでいるのだそうです。この伝説を元に、美郷町には「西の正倉院」や「百済の館」が整備されていて、見学もしてきましたが立派なものです。私は韓国に居た時、その百済滅亡の最後の都となった扶餘(ぷよ、ふよ)にも行っていますので感慨深かったです。

 

 

ここはまだ宮崎県で目的地はまだまだ遠かったのですが、ようやく熊本県に入り通潤橋で有名な山都町まで来たところで、急に思い立って阿蘇に寄って祖父母の墓参りをして来ることにしました。元々行程を決めた旅ではありませんからそのあたりは自由です。
せっかく近くまで来ているのに素通りでは叱られそうですし、おかげで阿蘇名物の高菜飯とだご汁の昼ご飯も食べられました。私どちらも大好物なんです。

 

 

という寄り道のおかげで宇城はちょっと経路から外れてしまいましたので、この日は菊池公園のみとして阿蘇を下って菊池市に向かいました。かなり大きな公園で人出も多かったのですが、既に夕方で帰る人の方が多く、係の人のスムーズな誘導もあってすぐ駐車することができました。
この公園は菊池市民の憩いの場らしく、ファミリー層が多かったのですが、この日はコスプレイベントが行われていたらしく、写真のような光景に至るところで出くわしました。かなり遠くから望遠で撮ったのですが、これも盗撮とか言われるんでしょうか?当然ぼかしは入れますが、、。

 


この日桜鑑賞の目的地として決めて行ったのは、結局この菊池公園だけとなりました。
しかし宮崎県から熊本県へ抜けるときに走った国道327号線は見事な桜街道で、有名どころじゃなくても、いちいちクルマから降りなくても十分桜を堪能できました。一方で、その後に走った国道503号線は3桁国道の中でもかなりの酷道で、民家もないので沿道に桜を植える人もいません。ひたすら対向車に気を遣いながら奥深い山地の曲がりくねった細道(国道なのに)を走り抜けるだけです。
たまたまクルマを停めて撮影できるポイントがあったので何枚か写真に残しましたが、こんな場面は本当に何分おきかに出現しますので、走りながら見るともなく見ているだけで桜旅を実感でき十分満足でした。

 

 

菊池公園の後は、翌日からの佐賀・長崎に備えて少しでも近付いておこうと佐賀方面にハイエースを走らせ、結局佐賀県の一歩手前の福岡県三潴郡(みずまぐん)大木町にある「道の駅おおき」で泊ることにしました。この日は溜まった洗濯物をコインランドリーで洗い、日帰り温泉に行き、近くのホームセンターで車内用の備品を購入し、と忙しい夜でした。夕食はコインランドリーの待ち時間にコンビニ食材で簡単に。

 

 

 

 

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