近くの「名馬生食」という幟の由来を調べるツーリングにFTRで出かけ、午前中でその目的は達したのですが、ここから午後の部を続けたいと思います。
昼食は中山競馬場の近く、船橋法典にある「讃岐饂飩まるは」と決めて、FTRで走り始めたのが11時半を少し回った頃、裏道を迂回しながら走って12時過ぎに到着してみると、何と定休日です。木曜日が定休日だと思い込んでいたのですが、水曜日だったみたいです。
仕方ありませんので、もう一つの候補店だった白井の蕎麦「やまもと」まで引き返します。天神八幡神社から直行していれば5分もかからなかったのですが、、。
通常ならば30分もあれば白井市までは戻れるのですが、白井市までの木下(きおろし)街道は結構混む道です。行きはそれを嫌って裏道走行に徹したのですが、帰りはそれも面倒になって木下街道をそのまま進み、結局1時間近くかかってしまいました。
ようやくたどり着いた「やまもと」は、営業中ではあったのですが、狭い店舗は満席状態で、それも今皆さん着席したばかりという状態だったので、商売っ気のない女将さんは、申し訳ないですが今日は無理ですと、、。
そう言われても既にうどんには振られていますし、この上蕎麦に振られるのは辛いですから、出直しますので何分後に来ればいいですかと粘ってみたところ、40分後に、ということで受けてもらえました。
何だかもう意地になっていたのは確かですが、うどんか蕎麦を食べないと収まらない感じでしたので、午後から行こうかと考えていた柏の観音寺というお寺に先に行き、時間をつぶして戻って来ることにしました。
観音寺は、天神八幡神社探訪が思いの外早く終わり、午後どこに行こうかと考えて思いついたもので、ここは花の寺として知られていて、この時期藤や牡丹が満開なんじゃないかと考えたのです。
FTRを20分程走らせて観音寺到着です。牡丹は盛りを過ぎ始めていましたが、藤は満開で、ツツジもきれいに咲いていました。
天気も良く、花を眺めながらのんびり散策する人たちがいましたが、私は40分で戻らなくてはいけませんのでそうゆっくりもできません。とはいえ往復時間も含めると1時間はかかりそうですので、ここから急いで「やまもと」に戻ります。
この観音寺の隣には私が好きな「東京らあめんちよだ」もありますし、他にも行きたいお店は何軒もあるので、正直もうそうしてしまおうかなとも考えたのですが、女将さんにはまた来ますと言いましたので、誘惑を振り切って14時少し前にやまもとに到着しました。先ほどの団体さん(東京ナンバーのクルマ2台で乗り合わせて来ていました。)は全てはけて、若い親子連れ3人だけでしたが、私が舞茸天ざるを注文するのと同時に、店頭に「そば売り切れ」の表示を出していましたから、私の為に取っておいてくれたのかも知れません。浮気しないで本当に良かったです。二度と行けなくなるところでした。
蕎麦は安定のうまさで、冷水できっちり締めているのでコシがあります。最後ですから大盛にしておきましたので余ったら残してくださいと言われましたが、そんなもったいないことはできません。すべておいしく頂きました。
遅い昼食がこの日最後のイベントとなり、15時前に走行距離70kmのプチツーリングが終了しました。昼食時の行ったり来たりが無ければ、正味30kmあるかないか程度だったと思います。渋滞にもはまりましたが、Rと違って軽いFTRならそう苦にはなりません。
この日のツーリングでは、地域の村社大日神社の境内社である天神八幡神社には、源頼朝の愛馬だった生食(いけずき)が祀られていること、そしてその近くのいつも通り過ぎる道端に立てられていた「名馬生食」の幟はそれを表したものだということがわかりましたが、グーグルマップに表示されている「馬頭観音群(ソーマンド)」の「ソーマンド」だけは謎のまま残りました。何のことなんでしょう?
と思って帰宅後更に色々漁っていると、地元の方の文章で、それに関する記載を見つけました。
それによれば、
馬頭観音供養塔は、北総地域が「印西牧の原」といった地名でもわかるとおり江戸時代に「牧(まき)」と呼ばれた馬の放牧地であったことから、この地域の馬を弔ったものと思われる。そして印旛方言では戦前までは犬猫の死骸を葬る場所を「ソーマンド」と言ったことも残されていて、元来は葬馬所を指したのではないか?
とされていました。
葬馬所=(そうまどころ⇒そうまんどこ⇒そうまんど⇒ソーマンド)ということでしょうが、とても腑に落ちる解釈だと思います。すべての疑問が解決してすっきりした気分です。