現役時代お付き合いのあった知人と、久しぶりに家族同士で会食しようかということになりました。
彼はベトナムで事業を営んでおり、ベトナム人材の採用にあたって彼にそのアドバイスや手続き代行をしてもらっていました。歳は私より一回り下なのですが、何だかお互いウマが合って、以来もう十数年の付き合いになります。
当時人材難に苦しんでいた私の勤務先では、親日度が高く勤勉と言われていたベトナム人材に着目して、留学生として来日した学生が日本語学校(当時専門学校生は就学生という資格で区別されていました。)⇒大学と学ぶ環境を提供し、その間インターンとして我が社で働いて生活費を賄う、という制度を作りました。大学卒業後は勿論我が社に入社してもらう事を大きく期待していましたが、当然強制力はなく、いわゆるSランクの大学卒業者等は多くを他社に取られてしまいました。
来日費用は学生本人が用意することが条件で、日本語学校・大学の学費は奨学金として支給、生活費はインターンとして働いた報酬で賄う、食事付きの寮を格安で用意する、というスキームでしたが、それをベトナム国内の高校・大学に告知し、説明会・面接の設営・運営を請け負うのが彼の会社の役割でした。そしてその後合格者が無事来日するまでの一切の現地での手続きをやってもらいましたから、彼には本当にお世話になりました。
ホーチミンシティが彼の会社の本拠地でしたが、首都ハノイや中部の中核都市ダナン等にも同行してかなりの学校を訪問しましたし、説明会・面接の運営も一緒にやりましたので、毎年夏前と秋口の1~2週間はベトナムで一緒に過ごしていました。まあ親密にもなりますよね。
ベトナムはその後急速に経済発展し、我が社の奨学金制度が相対的に魅力に欠けるものとなってしまって、今では苦戦しているようですが、当時日本に来た学生たちは、本当に向学心に燃える、キラキラした目をした素敵な青年たちでした。当然我が社に入社して活躍してくれている人も居るのですが、その後どうしているのか一度聞いて見ようと思います。
このベトナムをはじめとした留学生の事、外国人の就労ビザの事、教育実習制度の事など外国人労働については当時色々感じるところもありましたので、また別途まとめてみたいと思います。
そして仕事上でのパートナーがいつしか家族ぐるみでの付き合いとなり、お互いの子供たちも含めて年に1~2回は都内で食事会をするようになりました。我が家も彼の家庭も親戚の少ない家族なので、子供たちにとってはお互いの家族が叔父さん、叔母さん、従妹、といった感覚だったらしく、会うのは楽しみだったようです。
当時は中高生だった子供たちも全員社会人となった今では、親だけで集まることが増え、さらにコロナ禍で会うこともままならなくなって、今回は約2年振りでした。
今回も最初から親たちだけの積りだったのですが、我が家の息子はその日たまたま有休を取っていて、夜も空いているから一緒に行くという事になりました。
息子は大学2年か3年の夏休みに私と一緒にベトナム旅行に行き、現地で彼にフルアテンドしてもらっていますから、より親近感が強いみたいです。(費用を負担させるような公私混同は勿論していません。)
この日の会場は新橋にある「過門香」という中華料理店です。GoldFinという名前のとおりフカひれが売りで、個室も用意してくれますので、静かに会話しながら、賑やかに楽しみながら、どちらも大丈夫ですが、基本的には静かな落ち着いた店です。
お互いに近況の報告などしながらあっという間に3時間が過ぎてお開きとなったのですが、楽しすぎて一切写真を撮っていませんでした。まあ料理の写真を撮り忘れるのはいつものことなのですが、、。