文爺さんの日常・BMW R1200Rと共に

御隠居の日常と、愛車BMW R1200Rとの時間。

阿蘇最終日、ジェットスターで阿蘇くまもと空港から成田へ

阿蘇最終日、帰る日です。晴れていることを期待してカーテンを開けますが、無情の雨。阿蘇五岳は全く見えません。

とはいえ山に登らずに帰るのも心残りなので、チェックアウトを済ませて熊本駅まで叔父叔母を送り届ける途中に登山道を登ります。
阿蘇市坊中から始まる東登山道(県道阿蘇吉田線)を登り、草千里を経由して、以前は中岳火口まで登ることのできた旧ロープウェイの下側の乗り場を目指します。
元々阿蘇山も信仰の山で、山頂付近、上記のロープウェイ乗り場付近に、多数の寺院や坊舎、宿坊が立ち並んでおり、ここが当時は坊中と呼ばれていたそうです。それが戦国時代の戦火に巻き込まれて消失し、加藤清正が現在の坊中に寺院を復活させたのだそうです。元々の坊中は現在では古坊中と呼ばれ、登山道そばに遺跡が残されています。
天気さえよければ雄大阿蘇山の大パノラマを満喫できる道で、途中端正な形で有名な米塚なども見られるのですが、この日は前日にもまして濃い霧の中を進む状況で、草千里も下記のような姿は全く見えず、霧千里でした。

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参照:https://kumamoto.guide/spots/detail/11968熊本県公式観光サイト

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参照:https://kumamoto.guide/spots/detail/210熊本県公式観光サイト

しばらく霧が晴れるのを待っていましたが、激しく霧は流れていくものの中々晴れる様子がなく、新幹線、飛行機の時間もありますのであきらめて下山することとしました。

帰りには、来た時の道ではなく、南阿蘇の白水方面に下って南阿蘇から俵山峠を越えて熊本に出ようと思っていたのですが、思い違いをして同じ南阿蘇でも長陽のほうに下りてしまいました。結果として、崩落して現在も再建工事中の阿蘇大橋の迂回路として開通した長陽大橋経由で、阿蘇の中でもとても被害の大きかったところを通過することとなりました。土砂崩れや、もっと規模の大きい、山体崩壊とでも呼べるような大きな傷の修復跡がいたるところに見られ、今更ながら被害の大きさを実感しました。

熊本駅で叔父叔母と別れ、駅前で熊本ラーメンの昼食です。最初は地元の人に支持されているという埼陽軒(崎陽軒ではない)にひかれて、そこへ向かったのですが、隣が有名な黒亭の本店で、空いていたのでおもわずそちらに入ってしまいました。でも期待にたがわずおいしかったので満足です。

 

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あとは空港近くの営業所でレンタカーを返却し、帰るだけです。
ジェットスターGK612便15:40熊本発17:30成田着で、下の写真を撮っている内は平気だったんですが、成田着陸前には激しく揺れ、元々高所恐怖症で飛行機が好きではない私は生きた心地がしませんでした。
そんな状況でも娘は、ちょっと揺れたね程度でケロッとしていましたが。

 

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