シニアライダーの日常・R1200Rと共に

シニアライダーの日常と記憶、愛車R1200Rと行くツーリングの記録。

久々に電車で通勤しました。

 

約2カ月ぶりに電車で都内に通勤しました。記録をたどってみると、通勤に限らず、そもそも電車に乗ったのも2か月前が最後でしたから、そういう面ではホントに世捨て人みたいです。

 

少し遅めだったこともあってか、車内はとても空いていました。私が乗ったのはほぼ中ほどの車両だったのですが、立っている人が座っている人の半分程度ですので密は全く感じません。着席100%プラス立席がその50%となりますので、この状態の乗車率が150%なんでしょうか?それにしては超ゆったりです。

 

そもそも立席(たちせき)という言い方が一般的なのかどうかは分かりませんが、昔の国鉄には、立って乗ることを前提とした立席特急券というものがありましたので、言葉としてはあると思います。・・と書きながら心配になって調べてみると、今でも新幹線にこの立席特急券というものが存在していました。自由席特急券と違うのは、自由席のない全席指定の新幹線(「はやぶさ」や「かがやき」など4種類あります。)に限り、指定席が満席の場合に発売されることで、自由席が列車指定がないのに対して、この立席特急券は列車が指定されているので、指定席特急券の一種として扱われていて、発行枚数にも上限が設定されているのだそうです。
確かに東北新幹線始めJR東日本の新幹線には全席指定の列車がかなりあって、仙台から仕事を終えて帰ろうとすると満席で乗れないということが良くありました。こんな方法もあるのなら、仙台から東京くらいまでならデッキで立って帰っても全然OKでしたね。出張帰りの人なんかには随分ニーズがあると思いますが、皆さんは既にご存じの事なんですかね?

 

そして乗車率の件ですが、上記の計算は特急車両のように着席が原則の場合であって、通勤車両の場合は全然違っていました。通勤車両の場合は、座席が満席で、ほぼ全部のつり革が使われていて、ドアのあたりに数人の人がいる、という状態が乗車率100%なんだそうです。随分曖昧な定義ですが、確かにコロナ以前、平日のラッシュ時で最も混雑していたのが、東京メトロ東西線で、それでもほぼ200%という数字ですから、着席人数×2というのは実感としても違和感ありますね。この日の状態なら60~70%の乗車率ということになりそうです。

 

首都圏の乗車率はそれでも年々改善されていて、30年前が最悪期だったようです。私が東京に転勤してきたのが28年前で、当時横浜の相鉄線沿線から都内へ通勤するのは結構な苦行でした。横浜からJR東海道線に乗り換えて東京方面に向かうのですが、横浜で車両に乗り込むのがまず一苦労、そして次の川崎で降りる人と乗って来る人が交錯してまたひと騒ぎあります。横浜ではドア付近に無理やり乗り込んでいる状態ですから、川崎でまず間違いなくホームに押し出され、再度乗り込む競争に敗れて乗れなかった、ということも一度ならずありましたので、それに懲りて、その後は横須賀線を使うことにしました。昔の貨物線の方に迂回し、新川崎、西大井と停車駅も多いことから一分でも早く会社に向かいたい通勤族からは敬遠され、東海道線よりは多少空いていたのです。
そしてその後、今の千葉県北西部に引っ越したのですが、こちらの混雑は東海道線以上で、以前の記録を見てみると、1986年は常磐線快速が首都圏ワースト1位で乗車率約270%、ワースト2位が総武線快速で約260%と、更に苦行は続きました。当時の常磐線快速は、あまりの混雑でドアのガラスが割れたとか、飛んでもない話もありましたが、TX(つくばエクスプレス)が開通したことも大きく貢献して、近年になって随分改善されてきています。

 

ちなみに、乗車率250%というのは「電車が揺れるたびに体が斜めになって身動きができず、手も動かせない」状態だそうです。当時の総武線快速では、市川から新小岩あたりが最悪だった気がしますが、その間足が浮いたままで新小岩駅まで運ばれたことがありました。うかつに手提げ鞄を持ってその状態になり、前に女性が来るともう避けようがありませんし、あらぬ疑いをかけられるのは嫌ですから、通勤鞄は常にストラップ付のものにして肩から掛け、両手は胸より下に下げないように注意していました。正に通勤地獄でしたね。

 

 

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