シニアライダーの日常・R1200Rと共に

シニアライダーの日常と記憶、愛車R1200Rと行くツーリングの記録と四方山話。

何と68歳です、、。

 

今月で満68歳になりました。来年の正月には「古稀」(数え年ですから、、)となり、あと5か月余りで古来稀なる長生き老人の仲間入りです。まあ今や満年齢で68歳69歳を長生きという人もいないでしょうが、あっという間の68年だったのは正直なところです。今回はちょっと辛気臭い(陰気な)話となりますのでご注意。

 

私もサラリーマン生活は長かったですから、その間にお世話になった上司は沢山います。そしてその中でも特にお世話になった方がいて、私より一回り以上年上だったのですが、その方とは退任された後も定期的にお誘いいただいて会食の機会を持っていました。その方は酒豪ですが、私が下戸であることもよくご存じで、酒を無理強いされることもない、わたしにとっても楽しい会食でした。
そんな会食の中で、今でも記憶に残っていることがあり、それはその方が今の私とほぼ同年配の70歳手前になった頃の会食で発した言葉です。それは「〇〇(私の名前)よ、人生っていうのはホントにあっという間だぞ。」というもので、そんなに奇抜な言葉でもなく、ある意味当たり前のよく聞く言葉です。当時の私は50代半ばでまだ忙しく働いていた頃でもあって、それ以上に深く考えることもなかったのですが、強気で鳴らしたその方が、何だか悟ったような寂しげなトーンで話されたことが意外だとは感じました。
そしてその数年後にその方が大病で亡くなってしまった時にこの場面がよみがえり、それ以降も何かの折には思い出していました。

 

そして今、私自身その上司がこの言葉を発した頃の年齢となって、改めてあっという間の68年を実感している訳です。
竹内まりあの「人生の扉」という歌には、「満開の桜や色づく山のもみじを、この先いったい何度見ることになるだろう」という歌詞があり、竹内まりあは50代でこの歌を歌ったのですが、私は20年近く遅れてようやくそれをしみじみ感じるようになったと言う事なんでしょう。

 

とはいえ日々死を意識しながら生きていくことは私には無理ですし、「武士道とは死ぬ事と見つけたり」という言葉で有名な「葉隠」の境地にはたどり着けそうもありません。しかし葉隠の本当の意味は、死ぬことが武士道なのではなく、死んだ気になって日々生きることが武士の心得えだと説いたものだそうですし、人生は短いのだから好きなことをして暮らすべきだ、とも書かれているのだそうです。俄然親近感が湧きましたので、一度ちゃんと読んでみようかなと思います。

 

年齢とともに死との向き合いが濃くなってくるのは当然ですが、宗教というものも究極は死後の世界の存在を信じて死を恐れずに生きるためのものだと思います。無信仰な私はその恩恵にもあずかれませんので、死を直視することはなるべく避けながら、今の日々を精一杯楽しく生きることに努めます。

 

 

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