シニアライダーの日常・R1200Rと共に

シニアライダーの日常と記憶、愛車R1200Rと行くツーリングの記録と四方山話。

最近気になる言い回し

 

最近世間で普通に使われている言葉の中で、細かい言い回しの違いが結構気になっています。その言い方は違うんじゃないか?と違和感をおぼえることが多いということで、
歳とって来て意固地な爺さんになって来たのかなあと思っていたら、タモリが同じようなことを発言していたので、ちょっと安心したところです。
まあタモリは私より更に爺さんではあるのですが、芸能界きっての知性派という印象ですから、説得力はありますよね。とても昔海パン一丁でイグアナの形態模写をしていた芸人さんとは思えません。

 

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そういえば、れいわ新撰組の山本太郎もTVデビューは海パンでしたが、今や存在感のある若手政治家です。私は山本太郎には好きも嫌いも無いのですが、友人たちの中で、彼の経済政策を支持する奴がいて、そいつの事はとても信頼していますので、その影響でやや好感度は高くなり、そしてやはり上に書いたダンス甲子園という番組での姿が強烈な印象となってマイナスに振れ、差し引きプラマイゼロに落ち着いています。私自身は山本太郎の経済政策(MMTみたいなもの?)を正確に理解しておらず、支持している訳ではありません。

 

話がまたまた脱線しましたが、タモリは「ご飯とか食べて」って、他に何を食べてるの?とか、「カツ丼になります」って言うんだったら、カツ丼の材料を提示すべきだ、とかいちいちもっともな指摘をしています。
それ以外で私が最近一番気になる言い回しは、例えば「スーパーでイチゴ『が』売っていました。」という言い方です。イチゴは売り手ではなく売られる商品なので、「スーパーでイチゴ『を』売っていました。」もしくは「スーパーでイチゴが売られていました。」でなければおかしいんじゃないか、と思っているのです。
同じく「スーパーがイチゴを売っていました。」にも違和感があって、「スーパーで店員がイチゴを売っていました。」が正解だと思います。ただこの言い回しは、大手マスコミのニュースなどでも、「都内のスーパーがイチゴの特売を始めました。」みたいな表現をしますから、スーパー自体も売り手として認めていいのかも知れません。
また最初に書いた「スーパーでイチゴが売っていました。」という言い方も、最近ネットニュースなどでは見かけるようになり、既に市民権を得たのかも知れませんが、これは能動態と受動態の使い誤りであって、やはり違うと思うのです。

 

これは、私が気になっているだけで、他の人から見ればどうでもいいことなのでしょうし、逆に私が何気なく使っている言い回しで、他人から見れば違和感を感じることも沢山あると思います。時代と共に言葉が変わっていくことは当然ですが、自分が使い慣れた言い回しは中々変えることはできません。たとえ日本語警察が出た!みたいな言い方をされても、それもまた自分なりのこだわりです。

 

 

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