シニアライダーの日常・R1200Rと共に

シニアライダーの日常と記憶、愛車R1200Rと行くツーリングの記録と四方山話。

桜旅二日目:東京〜山梨〜長野

 

桜旅二日目は道の駅八王子滝山からのスタートです。何だか朝早く目覚めてしまい、車内でウダウダしていても仕方ありませんので、5時過ぎにはもう出発することにしました。満車の駐車場はまだ完全に寝静まっていますので、なるべく静かに洗面に行き、前日道の駅で買っていたパンで朝食を済ませて走り始めました。

 

まだ真っ暗なこの時間でも、国道20号線、甲州街道は大型トラックや早朝出勤らしいクルマが皆かなりのペースで走っています。甲州街道は中央高速に並行して走る区間が長いですから、この中には高速料金を節約したいと考えるトラックもいると思います。私も昔中央高速上りが相模湖辺りで大渋滞となり、しびれを切らせて甲州街道に降りて八王子まで走ったことがありますが、この日とは逆向きに走ったこの峠が真っ暗で、ただ前走車に付いていくだけが精一杯だったのを思い出します。今改めて地図を見てみると高尾山を越えていく峠なんですね。

 

峠を下って相模湖を通り過ぎ、山梨県の大月市に入ったところで「日本三奇橋 猿橋」という看板が目に付き、わざわざ引き返して行って見ることにしました。「三奇橋」という単語自体初耳だったのですが、デジタル大辞泉によれば、

「日本の橋のうち、構造が変わっていて珍しい三つの橋。特に、山口県岩国川の錦帯橋、山梨県桂川の猿橋、富山県黒部川の愛本橋(昔のはね橋形式のもの)をいう。」

とありましたが、愛本橋は現存しないため、徳島のかずら橋などを入れる場合もあるのだそうです。

 

甲州街道から入ってすぐのところに猿橋はあり、狭い駐車場も早朝でしたから楽に停められました。確かに趣のある立派な橋で一見の価値はあります。引き返してみて良かったです。

 

 

猿橋には大変満足したのですが、今回の第一目的地は既に開花が始まっている高知県であり、まだその第一歩を踏み出したところですから、のんびり観光している訳にはいきません。
よってここからは観光も控えて先を急ぐことにしたのですが、もう一つ理由もあって、それはこの日大陸から大量に押し寄せていた黄砂です。山梨県・長野県でもその影響は大変なもので、そう遠くないはずの山も霞んでいましたし太陽も黄色かったです。天気そのものは良かったですからかなりの頻度で見えていたはずの富士山にも全く気付かない程でした。

 

先日花粉症かと疑われる症状で病院に行ったことを記事にしましたが、その後一週間経過して症状は緩和しましたから、どうやら私の場合は風邪だったようです。しかし例年春には同様の症状が出ることも確かですから、アレルギー検査をすれば何らかの反応は出るんじゃないかと思っています。
黄砂は花粉症の症状を悪化させるとも言われていましたので、この日はクルマの窓も開けず内気循環に設定したまま、なるべく外に出ることもしないようにしていたということなのです。天気は良く暖かなせっかくのドライブ日和が黄砂のせいで台無しでした。勘弁して欲しいですね全く。
写真ではわかりにくいですが、太陽は現実にはもっと濁った黄色でした。

 

 

この日は午後一でリモートの打ち合わせがありましたし、黄砂の中延々走る気にもなりませんでしたから、早めに道の駅を決めてから日帰り温泉に行き、道の駅の売店で買った食材を車内で食べてさっさと寝ることにしました。この日朝早かったので眠かったというのもありますから、距離を稼ぐことは出来ませんでした。

 

この日車中泊したのは「道の駅 南信州とよおかマルシェ」で、下伊那郡豊丘村にあります。
近くの日帰り温泉に行き来している時に、「椋文学発祥の地」的な幟が目に付き、椋といえば「椋鳩十(むくはとじゅう)」かなと思ったらやっぱりそうでした。豊丘村の隣の喬木村(たかぎむら)が、児童文学作家、椋鳩十の生誕地だったのです。彼は創作の殆どは鹿児島で生み出していて、昨年私たちが行った屋久島に題材をとった著作も多くありますので、その時の記憶が残っていたのです。こんなところでまた彼の名を見ることになるとは思いませんでした。

 

 

 

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